アムジェン対サノフィ バイオ医薬品の特許係争 日本版

アムジェン対サノフィ バイオ医薬品の特許係争 日本版

May 31, 2019 / Blog, Case Comment, 田中康子

Darts-ipユーザである弁理士田中康子様(エスキューブ株式会社)より、製薬分野で最近注目の特許判決についてご寄稿いただきました。

アムジェン対サノフィ バイオ医薬品の特許係争 日本版

darts-030-276-G-ja: 平成31年1月17日判決 東京地裁平成29(ワ)16468

背景:

原告アムジェンは、発明の名称を「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」とする2つの特許権(第5705288号,第5906333号;発明の名称は同一)を有していた。
被告サノフィは、PCSK9に結合し、LDL受容体へのPCSK9の結合を阻害することにより血中LDLコレステロールを低下させる完全ヒト型モノクローナル抗体であるアリロクマブを有効成分とする抗PCSK9抗体医薬品プラルエント®(被告製品)の輸入・販売等を行っていた。原告もまた、抗PCSK9抗体医薬品レパーサ®(エボロクマブ)を販売しており、被告製品の差止め及び廃棄を求めて東京地裁に出訴した。

 

本件発明:

本件特許権2件の、モノクローナル抗体に関する発明(特許請求の範囲)の概要は次の通りである。

特許第5705288号
1A:PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
1B:21B12参照抗体と競合する
1C:単離されたモノクローナル抗体

特許第5906333号(特許第5705288号の分割)
2A:PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,
2B:31H4参照抗体と競合する
2C:単離されたモノクローナル抗体

特許請求の範囲は、アミノ酸配列ではなく機能的表現で規定されており、膨大な数の抗体が含まれる。一方、発明の詳細な説明には、抗原に結合する20~30程度の抗体の配列情報と、2つの抗体のX線結晶構造解析情報が記載されていたが、アムジェンの抗体エボロクマブの配列は記載されていなかった。しかし、抗体を製造または評価するためのスクリーニング用法は詳細に記載されていた。

 

サポート要件と実施可能要件に関する規定:

日本では、サポート要件は特許法第36条第6項第1号で、実施可能要件は、同条第4項第1号で、それぞれ規定されている(下記参照)。優先日以降に、これら要件を充たすための証拠を提出することは許されない。

特許法第36条第6項第1号:サポート要件
公開されていない発明について権利が発生することを避けるため、請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものであってはならない。

特許法第36条第4項第1号:実施可能要件
発明の詳細な説明は、請求項に係る発明について、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていなければならない。

 

当事者の主張と裁判所の判断:

サノフィは、本件発明は明細書の記載から当業者が実施可能な範囲に限定解釈されるべきであり、本件明細書にアミノ酸配列が記載された具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られる、さらにアムジェンの特許は、サポート要件、及び実施可能要件を充足せず、進歩性もないので無効である、と主張した。
裁判所は、本件明細書に記載されたスクリーニング方法により、当業者は、明細書に開示された抗体以外に、21B12参照抗体及び31H4参照抗体と競合し、PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和する抗体を得ることができると認識できるので、サノフィが主張するような限定解釈はできない、よってサノフィの抗体アクロリムマブは、本件発明の技術的範囲に属すると判断した。
また、特許の有効性に関して、本件発明はサポート要件及び実施可能要件を満たし、進歩性を有すると述べた。さらに、引用文献にはPCSK9-LDLR結合中和抗体の開示があるとは言えないし、21B12参照抗体や31H4参照抗体と競合する抗体についても記載がない、引用文献に記載された発明に基づいて当業者が本件発明の抗体を容易に得ることができたことを認めるには足りない、として本件発明の進歩性を認めた。

コメント:

本判決は、バイオ医薬品関連の特許係争として、特に機能的表現により特定された抗体に関する発明の技術的範囲の解釈、サポート要件・実施可能要件といった記載要件の充足、及び進歩性の判断において、注目すべき事案であると考える。記載要件については、明細書中のスクリーニング方法に関する記載がポイントになると思われる。言い換えると、クレームされた抗体を作ることができるよう、明細書に製造方法やスクリーニング方法が十分に記載されていれば、機能的な表現で定義された抗体に関する発明は記載要件を満たすといえる。さらに本件は、記載要件を充足するために、何をどれだけ記載すればよいかという点において一つの指標になるであろう。
本件は知財高裁に控訴されたが、すでに知財高裁は、これらアムジェン特許はサポート要件と実施可能要件を充たし、進歩性も有するので有効であると、2018年12月に審決取消訴訟の判決を下している(darts-889-833-F-ja, darts-889-834-F-ja)。よって、本件に関して知財高裁は、東京地裁のクレーム解釈に関する判断を覆す可能性はあるが、少なくとも特許の有効性(サポート要件、実施可能要件、進歩性)については地裁判決を支持するはずである。今後の知財高裁の動きに注目したい。

また、本件特許の対応米国特許に関するアムジェン対サノフィの米国での訴訟(US 8,829,165 and 8,859,741; Amgen Inc. v. Sanofi (Fed. Cir. 2017)、darts-249-330-E-en-2等)にも注目したい。当初、アムジェン特許は無効であると判断されたが、その後米国最高裁がアムジェンの上告を棄却した後、2019年2月25日に、デラウエア州地方裁判所において、陪審員が、アムジェン特許は無効ではない、と判断している。

医薬品特許係争は、低分子医薬品市場が飽和状態となった後バイオ医薬品へと移行している。日本における最近の事件として、以下の判決にも目を通しておきたい。

darts-309-355-G-ja
公知のバイオ医薬品の新規用途に関する新規性・進歩性の判断

darts-989-413-E-ja
機能的に定義されたクレームの範囲

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